外国人も驚嘆!江戸時代の社会インフラは当時の欧米先進国よりも日本が遥かに優れていた (2/5ページ)
これが、玉川上水と並んで「二大上水」のひとつとされている、かの神田上水です。
神田上水の上部には、水を通すために懸樋(かけひ)という水道橋が架けられました。ここから運ばれた水が江戸の人々の飲み水となったのです。
その後も、人口の増加にともなって上水道は増やされていきました。江戸時代に整備された上水道の総延長は世界最大級の規模だったと言われています。
また上水道だけではなく、江戸では下水道も整備されていました。敷地区画の境界部分に下水溝がつくられ、雨水や生活排水は下水溝を通って堀・川から海へと流されていたのです。
特筆すべきは、この下水道は糞尿用には利用されていなかったという点でしょう。江戸の街の庶民の住居だった長屋のトイレは共同でしたが、小と大で区別され、どちらも農村の肥料としてリサイクルされていました。よって排泄物は下水道から海へ投棄されることはなかったのです。
現代風の言い方をすれば、当時は環境に優しい、エコなリサイクルシステムが採用されていたということになるでしょうか(もっとも糞尿を利用していたため、畑の野菜を生で食べる習慣は根付かなかったなどのデメリットもありました)。