紫式部と夫・藤原宣孝の間に訪れる悲劇…。悲しみを乗り越えあの世界的古典が生み出される【前編】 (3/4ページ)
結婚したとは言っても、当時は夫婦は同居せず、夫が妻の住む屋敷へ通う通い婚の形式が主流でした。宣孝がやって来るのを家で待つしかなかった紫式部。『紫式部集』には、その頃の彼女の歌が収められています。
しののめの 空霧りわたり いつしかと 秋のけしきに 世はなりにけり
(夜明けの空に霧が立ち込めて、早くも秋の景色になりました。あなたは早くも私に飽きてしまったのですね)
横目をも ゆめと言ひしは 誰れなれや 秋の月にも いかでかは見し
(浮気などしないと言ったのは誰だったでしょう。秋の月をどのように〈どなたと〉見たのですか)
入るかたは さやかなりける 月影を うはの空にも 待ちし宵かな
(あなたのお目当てが他の女だとわかっていたのに、私はあなたを上の空で、ずっと待ちわびていました)
という歌を贈ると、宣孝はこう返します。
さしてゆく 山の端もみな かき曇り 心も空に 消えし月影
(訪ねようと思ったのですが、あなたの機嫌が良くなく、行けなかったのです)
式部はやがて、こんな心境になります。