紫式部と夫・藤原宣孝の間に訪れる悲劇…。悲しみを乗り越えあの世界的古典が生み出される【後編】 (3/4ページ)
また当時の心境を、後年にしたためた『紫式部日記』の中でも回想しています。
としごろつれづれにながめ明かし暮らしつつ、花鳥の色をも音をも、春秋に行きかふ空の気しき、月の影、霜・雪を見て、「その時来にけり」とばかり思ひわきつつ、「いかにやいかに」とばかり
(夫を亡くしてからの数年間は、涙に暮れて日夜を過ごし、花の色や鳥の声、春秋の空の景色、月の影、霜や雪を見て、そんな季節になったのだと思いつつも、「これからどうなってしまうのだろう」と思ってばかりいました)
紫式部の身となって考えてみると、突然夫に死なれてシングルマザーになってしまったのですから、これは大変なことです。
しかし実は、彼女が置かれたこの不幸な境遇が、『源氏物語』を生み出す大きなきっかけになったのです。
紫式部は宣孝の死後、将来にまつわる不安を少しでも癒やすために、友人たちと「物語」についての感想を語り合ったり、手紙をやりとりしたりするようになったと記録しています。
