藤式部(まひろ)の女房生活は前途多難?大河ドラマ「光る君へ」9月1日放送の振り返り (4/5ページ)

Japaaan

右大臣・藤原顕光(宮川一朗太)の部下であったことから、顕光にしては珍しく強硬に推し続ける場面が印象的でした。

平維衡は伊勢国の覇権をめぐって又従兄弟の平致頼(むねより)とたびたび抗争を繰り広げ、道長はそれを理由に維衡の伊勢守任官に反対しています。

劇中で描かれた通り、伊勢守の欄は空白にされたものの、何かの「手違い」で維衡の名前が書き込まれたそうです。

絶対にわざとだろと思ってしまいますが、道長の抗議ゆえかたった2ヶ月で更迭されたのでした。ただし平維衡は後に上野介・備前守・常陸介を歴任します。

あくまで貴族たちによる文治社会体制を貫こうとする道長。しかしその理想には限界が訪れつつありました。

押し寄せてきた僧侶たち

興福寺の荒法師(イメージ)

寛弘3年(1006年)、大和国の興福寺からおよそ二千人超の僧侶たちが京都洛中へ押しかけた理由は何でしょうか。

※関連記事:

大河ドラマ「光る君へ」の物語にどう絡むのか?興福寺の僧侶・定澄(赤星昇一郎)と慶理(渡部龍平)とは何者?

僧侶集団を率いていたのは別当の定澄(赤星昇一郎)と、弟子の慶理(渡部龍平)。彼らの要求は大和守・源頼親(よりちか)の解任でした。

「藤式部(まひろ)の女房生活は前途多難?大河ドラマ「光る君へ」9月1日放送の振り返り」のページです。デイリーニュースオンラインは、春宮二宮大饗中宮大饗中宮興福寺カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る