男専門に体を売る若き美少年……江戸時代の男娼「陰間」は出身地により「格」が違った【前編】 (4/6ページ)
しかし、その後も役者などによる売色(ばいしょく)は廃れることがなく、女形はより一層女性に近くなり「女形が男性に抱かれることは、女性らしさを学ぶ役者修業になる」とも教えられたそうです。
男性版の遊郭「陰間茶屋」とは江戸時代中期には、若い男娼が売春をするための居酒屋や料理屋など「陰間茶屋」とよばれる場所が増え繁盛しました。
後期には、女色禁止の僧侶が多かった芝神明門前・湯島天神門前・芝居小屋の多かった芳町(現在の中央区日本橋人形町のあたり)は、江戸の「三大男色地帯」として栄えたそうです。
「陰間茶屋」で男娼として体を売っていたのは、主に歌舞伎役者修行中でまだ舞台に立つ前の10歳〜17歳くらいの少年だったとか。
まだ舞台に立たない「陰の間」の少年たちだったために「陰間(いんま)」「陰子(かげこ)」「陰郎(かげろう)」などとも呼ばれていたそうです。