2025年大河「べらぼう」に登場!お江戸のダ・ヴィンチ、平賀源内は美少年好きの生粋の男色家だった【前編】 (4/6ページ)
宝暦4(1754)年、長崎から戻った源内は藩務退役を願い出でて、妹婿に平賀家の家督を譲り江戸に出た源内。「江戸のダ・ヴィンチ」たる頭角を表し始めます。
たとえば、安政5年(1776年)、長崎で入手したエレキテル(静電気発生機)を修理して復元したことも有名です。
その後、イベントプランナーとして薬品の博覧会のような「薬品会」や動植物などの展示会などを催し、江戸中にその名が広まるようになっていきました。
「人たらし」で有名だった平賀源内自由を好み、大胆な発想・構想力・実行力を兼ね備えた平賀源内は、いつも自信に満ち溢れていて、大風呂敷を広げることも多かったそうです。けれども、人懐っこく憎めない部分もあり、いわゆる「人たらし」で知られていたとか。
マルチクリエーターらしく、人々を魅了する反面一方でうさんくさい人間だという評判もたったそうです。
そんな平賀源内は、生涯を通じて独身を貫きました。
