2025年大河「べらぼう」に登場!お江戸のダ・ヴィンチ、平賀源内は美少年好きの生粋の男色家だった【前編】 (3/6ページ)
幼少期から奇想天外な発想をする少年で、たとえば11歳のとき「お神酒天神」という掛軸を発明しています。
掛け軸にお酒をお供えすると、天神さんの顔がみるみる赤く染まるので大人たちはびっくりしたそう。
顔の部分を透明にし、肌色の紙と赤い紙をスライドさせ、あたかも天神さんがお酒を飲んで酔っぱらったかのような構造にしたのです。
その後、源内は今の薬学・博物学である「本草学」を学び、藩の薬園にも関わるようになり、製陶の知識も身に付けていきます。
長崎遊学で「江戸のダ・ヴィンチ」たる知識を吸収寛延2(1749)年、父の逝去により21歳の時に家督を継ぎ「平賀」の姓を名乗ることになった源内にとって大きな転機となったのは、宝暦2(1752)年、24歳の時の長崎遊学でした。
遊学先では、医学・オランダ語・油画など、さまざまな西洋の知識や技術も習得していったそうです。