乙丸、無事でいてくれ!「刀伊の入寇」の詳細など…『光る君へ』12月1日放送回を楽しく振り返る (6/9ページ)
いよいよ刀伊の海賊らが逃げ出したため、隆家は政則・平致行・大蔵種材らを追撃を命じた。
政則らは三十余艘の兵船をもって逃げゆく海賊たちを追撃する。
……まさに三面六臂の大活躍ですね。こうした軍功をもって、後一条天皇は政則に錦の旗と御製の和歌を贈りました。
つくしなる 矢峰の嶽の ふもとには
たけき男の子(おのこ)の 住むとこそきけ※『愛国物語』神國日本 刀伊の賊
「矢」に「たけ(竹≒嶽、猛)」をかけているのが分かります。「筑紫に猛々しい政則がいるから安心だ、もう攻めてくるなよ」という内外へのメッセージに他なりません。
政則は父が帰京した後も大宰府に留まり、やがて肥後国菊池郡を賜り、息子が移住。これが後世まで続く菊池氏の発祥と言われています(諸説あり)。
刀伊の入寇で受けた各地の被害は?
かくして2週間ほどにも及んだ激戦と略奪の末、各地ではどれほどの被害が出たのでしょうか。
各地の様子をうかがってみます。
※犠牲者数についても諸説あるようなので、あくまで参考程度にして下さい。