「哀しくとも」生きのびた先に待っていたのは…「光る君へ」史実を基に12月8日放送回を振り返り (2/7ページ)

Japaaan

それでは今週も、第47回放送「哀しくとも」気になるトピックを振り返って行きましょう!

第47回放送「哀しくとも」関連略年表

協議する公卿たち(イメージ)

寛仁3年(1019年)まひろ50歳/道長54歳 4月某日 源隆国(源俊賢の次男)が備前介に任じられる 4月17日 大宰府から急報が届く 4月18日 陣定で対応が協議される
⇒藤原公季が山陰道・山陽道・南海道の警固強化を提案
⇒藤原実資が北陸道も加えるよう提言 6月29日 陣定で恩賞が協議される 7月13日 大蔵種材が壱岐守に任じられる 8月末~9月 高麗の使者・鄭子良が拉致された日本人を日本へ送り届ける 9月22日 陣定めで高麗への対応が協議される 12月 藤原隆家が大宰権帥を辞する 寛仁4年(1020年)まひろ51歳/道長55歳 2月 高麗の使者が帰国する 時期不明 道長が無量寿院(のち法成寺)を建立する

今回は刀伊の入寇における戦後処理がメインテーマでしたね。

ヒロインのお相手役である道長が亡くなるまで後7年ありますが、最後にすっ飛ばす気なのでしょうか。

ちなみに劇中では肥前守に推挙されていた平為賢(神尾佑)ですが、実際に補任された記録はないと言います。

坂東平氏の末裔が肥前守として勢力を伸ばしたことから、為賢も混同されたのかも知れませんね。

「「哀しくとも」生きのびた先に待っていたのは…「光る君へ」史実を基に12月8日放送回を振り返り」のページです。デイリーニュースオンラインは、鄭子良無量寿院源隆国法成寺宇治大納言物語カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る