【大河ドラマ べらぼう】幕府の弾圧に屈せず「解体新書」など名著を世に送り出した版元・須原屋市兵衛(里見浩太朗) (2/5ページ)

Japaaan

須原屋市兵衛・三代の足どり

店先の様子(イメージ)

須原屋市兵衛は生年不詳、宝暦年間から文化年間にかけて活躍した版元(出版者)の一人で、須原屋茂兵衛(もへゑ)から暖簾分け(独立)しました。

三代にわたって襲名され、大河ドラマに登場するのはその初代かと思われます。

【歴代の須原屋市兵衛】 初代:生年不詳~安永8年(1779年)5月6日没 二代目:名は宗和生年不詳~文化8年(1811年)6月9日没 三代目:名は和文生年不詳~文政6年(1823年)8月9日没

当局の弾圧にも屈することなく多くの名著を世に送り出した須原屋市兵衛。

しかし寛政4年(1792年)に重過料(罰金刑)を受け、また文化3年(1806年)の大火事(文化の大火)で打撃を被ったことで次第に経営が傾きました。

二代目が亡くなった後は共同出版のみとなり、三代目の死によって須原屋市兵衛の名(株)は休株(襲名する後継者が絶えた状態)となったのです。

墓所は浅草の善龍寺。江戸が東京となった現代も、人々の営みを見守っていることでしょう。

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