大河ドラマ『べらぼう』親なし・金なし・風流なしが江戸のメディア王に!蔦屋重三郎の生涯を完全予習【後編】 (4/9ページ)

Japaaan

次々と大ブーム本を手がけた蔦屋重三郎

青楼美人合姿鏡 北尾重政

安永5年(1776)、蔦屋重三郎は彩色摺絵本『青楼美人合姿鏡』を企画・出版。(相版元は本石町の山崎金兵衛)。序文を蔦重自身が手掛けたそうです。

吉原で有名な68人の遊女の姿を、四季の移ろいをテーマに色鮮やかに描いた錦絵本で、浮世絵師・北尾重政(きたおしげまさ)と勝川春章(かつかわしゅんしょう)の競作によるものです。

「狂歌」の世界でも活躍

恋川春町や朋誠堂喜三二といった看板を抱えた「黄表紙」の売れ行きも上々、『細見嗚呼御江戸』の出版権販売権独占など、次々と精力的にビジネスを拡大していった蔦重。

1780年ごろに大ブームとなった「狂歌(きょうか)」(※)の世界に惹かれ、自らも「蔦唐丸」を名乗り狂歌を詠んでいたそうです。

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