大河ドラマ「べらぼう」に登場する「吉原」現在はどうなっているのか?実際に歩いてみた! (4/4ページ)

拝殿
●吉原観音像
>>案内板抜粋
新吉原花園池跡。江戸時代初期までこの付近は湿地帯で、多くの池が点在していたが、明暦三年(1657)の大火後、幕府の命により湿地の一部を埋め立て、日本橋の吉原遊郭が移された。
池は、花園池・弁天池の名で呼ばれたが、大正十二年の関東大震災では多くの人々がこの池に逃れ、四九〇人が溺死したという悲劇が起こった」
新吉原花園池の跡地。関東大震災のときは490人ものが溺死したという悲劇が起きました。その犠牲者の慰霊のためにこの境内に建立された観音像です。
「昭和三四年吉原電話局の建設に伴う埋め立て工事のため、池はわずかにその名残を留めるのみとなった」とあるように、一画に小さな小さな池があります。金魚が泳ぎ、竹矢来や鹿おどしなどがあり、そこそこ風情はあります。

※フォトAC以外の写真は筆者撮影
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