玉川島田、元禄勝山…吉原遊女たちの髪型(日本髪)をビジュアル解説!大河「べらぼう」が百倍楽しめる! (5/8ページ)

Japaaan

上流階級から庶民・花街まで幅広く流行したものの、ほどなく廃れてしまいました。

根下り兵庫(ねさがりひょうご)

江戸時代中期ごろ

島田髷が流行したことで劣勢だった兵庫髷ですが、享保年間(1716~1735年)ごろに復活。

名前の由来は髷の根が低く下げられていること。小作りで品のある髪型として、太夫(高級遊女)や女郎たちに人気がありました。

懐月堂派(かいげつどうは)や奥村政信(おくむら まさのぶ)の画に多く登場するので、機会があったらチェックしてみましょう。

横兵庫(よこひょうご)

横兵庫。山東京伝『歴世女装考』より

江戸時代中期~後期ごろ

頭頂部に大きな髷をつくる立兵庫のアレンジバージョン。髷を横に倒し、左右の鬢を大きく張り出したのが特徴です。

吉原遊女の象徴的な髪形として知られ、簪(かんざし)や櫛(くし)の豪華さで遊女たちの財力≒客からの人気が競われました。

この発展形に両兵庫(りょうひょうご)や伊達兵庫(だてひょうご)があります。

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