さすがの徳川家康、貨幣制度まで統一!江戸時代はどのような貨幣が流通していたのか? (3/4ページ)

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ただし藩や旗本領内など、流通する範囲が限定される「藩札」「旗本札」と呼ばれる特殊な紙幣が作られています。

現在とは全く異なる単位

現在の日本では、十進法の通貨単位である「円」が導入され、とても計算しやすくなっていますね。

一方、江戸時代の貨幣袋位は金貨・銀貨・銭貨で異なり、しかも十進法と四進法を組みせたものでした。

単位についても現在とは大きく異なり、金貨には大判金小判金があり、おもに「両」が単位として用いられています。

しかし、日常生活ではもっと細かい単位の貨幣が必要だったため、日用品の売買などには分朱文の単位が用いられました。

分と朱はおもに金貨(のちには銀貨も)・文銭貨の単位で、原則として一枚を一文と数えました。また銀貨については、「匁」という単位も用いられました。

貨幣の品質・流通を管理する組織の設置

徳川家康は、金銀の貨幣制度の統一に着手するとともに、全国の金銀鉱山を直轄化します。そして貨幣をつくる技術を管理し、金貨・銀貨の製造体制を整備しました。

江戸時代に金貨・銀貨・銭貨の三種類の貨幣が用いられてのは前述の通りですが、さらに家康は、それぞれの原材料の購入や鋳造、品質を管理する金座・銀座・銭座と呼ばれる組織をつくりました。

これらは現在の造幣局のようなものです。

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