”やりがい搾取”は昔から?江戸時代の作家たち、なんと原稿料はほぼゼロ円だった!【大河べらぼう】 (3/4ページ)

Japaaan

稀に金目のモノとして、絹や縮緬(ちりめん)なんかをくれることもありますが、労力にはとても見合いません。

流行りの作家でさえそんな待遇なので、新人作家などはもう大変。

何ならこっちから原稿にお金(二分ないし三分)を添えて「掲載してください」と本屋に挨拶する始末。これじゃ作品というより広告です。

まぁそこまでしても自分の書いた文章を世に出したい、できれば読んでほしいという思いが、彼らの創作活動を支えたのでしょう。まさに現代の「やりがい搾取」に通じますね。

だから当時の戯作者たちは文字通り戯れ(趣味)の範囲でしか作品を書けず、他の仕事で生計を立てているのでした。

終わりに

浮世絵や絵草紙を売り歩く。「旦那は随分儲かっているようだけど、画工さんたちには還元されてるのかね」

……草双紙(くさぞうし)の最も流行を極めしものは天明年間(1781~1789年)に売り出したる喜三二(きさんじ。平沢常富)が『文武二道万石通(ぶんぶにどうまんごくどおり)』、春町(はるまち。恋川春町)が『鸚鵡返し文武の二道(おうむがえしぶんぶのにどう)』、および参和(さんな。唐来参和)が『天下一面鏡の梅鉢(てんかいちめん、かがみのうめばち)』の黄表紙にて、発兌(はつだ)の当日は版元鶴屋(つるや。鶴屋喜右衛門)の門前に購客山の如く、引きも切らざりしかば製本の暇(いとま)さへなく摺り上げしばかりの乾きもせざる本に表紙と綴系(とじいと)とを添へて売り渡せり。 草双紙が如何(いか)に流行せしかを見るに足るもの有らん。

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