伊達政宗はなんと江戸幕府転覆を目論んでいた!?「慶長遣欧使節」に秘められた野心とは【後編】 (2/3ページ)

Japaaan

また、前述の政宗自筆の書簡に自身の野望を伝える文面がないのは、万が一計画が失敗した時に備えたためだともいわれています。

政宗はいくつかの書簡に「詳しくは常長(あるいはソテロ)が口頭で申し上げます」という一文を加えており、政宗は大事な話は、常長やソテロから直接口頭で話すように指示したともいわれています。

ソテロの証言

その点、常長に同行し案内役兼通訳、交渉役として精力的に動き回ったフランシスコ会宣教師ルイス・ソテロは、政宗の野望を記した文書をいくつも残しました。

その1つである、スペインの宰相レルマ公に送った書簡(1618年2月4日付け)には「(政宗は)皇帝(将軍=家康)から迫害されようとしている30万人の信徒を家来にして、その助けによって自分が皇帝となって、長い間帝位につくことを望んでいる」という内容のことが書かれています。

さらにソテロは、常長がスペイン国王に謁見した際にその口上を通訳しましたが、その中で「主君である奥州の王(政宗)がわが身、領土を陛下(スペイン国王)に献じ、陛下の役に立つようなことがあれば喜んで尽くしたいと望んだ」とも述べています。

ローマ・クイリナーレ宮殿の王の間フレスコ画。前列左が支倉常長、前列右がソテロ(Wikipediaより)

この話が真実だとすると、政宗はスペイン国王に領土を差し出し、その配下に入りたがったことになります。

しかし常長(政宗)がそこまで考えていたとは思えず、これはソテロが勝手に通訳した可能性が高いという指摘もあります。

「伊達政宗はなんと江戸幕府転覆を目論んでいた!?「慶長遣欧使節」に秘められた野心とは【後編】」のページです。デイリーニュースオンラインは、慶長遣欧使節鎖国徳川家康伊達政宗戦国武将カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る