信仰より生存を選ぶも妻子は処刑…「島原の乱」唯一の生存者・山田右衛門作の壮絶な裏切りの記録【後編】 (1/3ページ)
日本の歴史には、多くの戦乱や反乱がありましたが、その中でも江戸時代最大の一揆とされるのが、「島原(・天草)の乱」です。
この乱の結末は、幕府の圧倒的な軍勢による鎮圧と、一揆勢のほぼ全滅という悲劇的なものとなりましたが、一揆勢側として反乱に参加し、唯一生き残った人物がいます。
彼の名は、山田右衛門作(やまだ えもさく)。
イメージ(メトロポリタン美術館蔵 Public Domain)
【前編】の記事はこちら↓
信仰より生存を選ぶも妻子は処刑…「島原の乱」唯一の生存者・山田右衛門作の壮絶な裏切りの記録【前編】【後編】……この知らせはすぐに天草四郎のもとへ届けられました。文を読んだ天草四郎は激怒し、裏切り者として右衛門作を捕らえ、彼の妻子を見せしめとして処刑しました。右衛門作自身も、牢に閉じ込められることになったのです。
その後、幕府軍の総攻撃が始まり、原城は落城。幕府は「一人も生かしてはならぬ」という命令を下し、城内の人々は女子供も含めて皆殺しにされました。しかし、牢の中に閉じ込められていた右衛門作は、幕府軍によって発見され、命を救われました。
