古代人もやっぱりウナギ好き!古代の日本人は何をどう食べていた?木簡や古文書から読み解く当時の食文化【前編】 (2/3ページ)
また、奈良時代の『万葉集』には「石麻呂に我物申す夏痩せに良しといふものぞ鰻捕り食せ」と、ウナギが既に夏の栄養源とされていたことが分かる歌などがあります。
さらに、遺跡からは獣や魚の骨、貝殻なども出土しています。食材については、現代とさほど変わりがないものを食べていたのです。
しかし、使われていた食材は検討がついても、それらを「どう」食べたかははっきりしません。
例えばアワビは、国家祭祀で神の食事として重んじられていたらしく『延喜式』でも「鮨あわびわたつけあわびながあわび蝮」「腸潰蝮」「長」など様々な加工法や形状が記されていますが、実際の姿は謎が多いです。
木簡は貴重な情報源これについては、『延喜式』『万葉集』のほか奈良・正倉院に残る文書の分析や、出土する土器の焦げ跡の観察などを通じて調べられてきました。
しかし、調べると言っても手掛かりがなければどうしようもありませんから、ある程度記録が残っているものを調べていくしかありません。例えば公式の場の食事や宴会などです。
そんな中でも、長屋王家跡周辺で発見された大量の木簡などは大きな手掛かりで、当時は牛乳を消費していたこと、畿内近郊から大根などの野菜が届いたこと、ウリのかす漬けを食べていたこと、などが記されています。
