”種貰い祭”と呼ばれた所以がコレ!神秘の奇祭「県祭り」に隠された禁断の風習とは?【後編】 (2/6ページ)
さらに、周辺の家々の明かりまでもが消え、あたり一帯は不気味なまでの漆黒の闇に包まれます。
そんな中、一人の神人と「梵天」を乗せた神輿が動き出します。神輿は氏子たちによって、猛り狂ったかのように前後左右へと激しく揺さぶられながら、闇の中を進んでいきます。
この「県祭り」は、かつて「種貰い祭(たねもらいまつり)」とも呼ばれていました。ここでいう“種(たね)”とは、ずばり、“子種(こだね)”を意味します。
もともと「祭り」は、深夜の暗闇の中で行われるものでした。昼間に催されるようになったのは、夜目の利かない人間の都合に合わせた結果にすぎません。
闇の中では何も見えません。その不可視の世界で執り行われる祭りは、神仏の力がおよぶ領域であり、同時に、俗世との縁が切れる空間でもあったのです。
あらゆる世俗的な縁が切れた神社・仏閣古代の日本には「歌垣(うたがき)」という風習がありました。これは、男女が特定の時期に、特定の場所に集まり、飲食をしながら舞や歌の掛け合いを通じて求婚を行う風習でした。
この「歌垣」の習俗は、比較的近年まで残っていたとされ、祭りや神社・仏閣へのお籠りの際には、男女が自由に性を交わすことがあったとされます。