”種貰い祭”と呼ばれた所以がコレ!神秘の奇祭「県祭り」に隠された禁断の風習とは?【後編】 (4/6ページ)

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石清水八幡宮上院参道。(写真:wikipedia)

また、同じ時期に後宇多天皇が石清水八幡宮に対して宣旨を出し、「宝殿参拝ならびに通夜の際、男女が雑居してはならないこと」と規定し、そのような状況を禁じています。

繰り返しになりますが、神前や仏前は神仏の力がおよぶ聖域であり、そこでは独身者に限らず、夫婦関係も持ち込まれることなく、あらゆる世俗的な縁が断たれる場でした。

だからこそ、男女が自由に関係を結ぶことが可能であり、実際に神社や寺院に参籠して子どもを授かったという話が古典に登場するのも、そうした現実が背景にあったと考えられます。

つまり、そこで授かった子供は、まさしく神の加護を得た子であったのです。

50年ほど前まで続いた驚きの風習

「県祭り」が、かつて「種貰い祭」と呼ばれていたのは、この祭りの場が世俗的な縁が切れる場で、男女の自由な交渉ができる場であったからでした。

この風習は、1970年頃まで続いていたと言われています。

男根を思わせる「梵天」

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