大河「べらぼう」たった350円で春を売る…喜多川歌麿(染谷翔太)の鬼畜母が生業とした「夜鷹」の実態とは?【後編】 (5/7ページ)

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ちなみに、夜鷹見物の人目当ての屋台で売られた蕎麦は「夜鷹蕎麦」と呼ばれ、これ以降、江戸の屋台で売る蕎麦は、すべて夜鷹蕎麦と呼ばれました。

夜鷹蕎麦。歌川国貞

なにはともあれ、夜鷹と客が色を交わしている傍らで、身分の貴賤を問わず多くの人々が見物していたという事実からは、江戸に暮らす人々の性風俗に対する大らかさがうかがえ、かえって微笑ましくさえ感じられるのです。

夜鷹の水上版・船饅頭(ふなまんじゅう)も人気が高かった

夜鷹が陸上で春を売る最下級の遊女だとすれば、海の入り江や川筋で客をとる娼婦もいました。いわば水上版夜鷹とも言うべき女性たちが、「船饅頭」です。

彼女たちは川べりに小さな舟を浮かべ、土手を行き交う男たちに声を掛けて舟へと誘いました。

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