名ばかり将軍たちの悲哀…室町幕府はなぜ ”ゆるブラック企業” 的な存在に?トップの無力ぶりを検証 (3/4ページ)
家臣が将軍を「すげ替える」時代に
室町幕府の後半では、将軍が力を持たずに“立てられる存在”となり、家臣たちの都合で将軍が交代させられる「すげ替え」が行われるようになります。
たとえば、十代将軍・義稙(よしたね)は何度も将軍の座から追われ、復帰してはまた追放されるという“リピート就任”すら経験しています。
極めつけは、十五代将軍・足利義昭。織田信長に担がれて将軍となりますが、のちに信長と対立し、京都から追放されてしまいます。
流浪と反逆!室町幕府のラスト将軍・足利義昭の苦難と悲劇に満ちた壮絶人生【前編】
この時点で、将軍職はもはや「実権あるリーダー」ではなく、「使えるかどうか」で価値を決められる道具のような扱いだったといえるでしょう。
形式と実態がズレた組織の末路こうした将軍たちの姿は、現代における“役職だけが立派な社長”に重なる部分があります。肩書きはあるけれど、実際の決定権は部下が持っている。責任だけは残り、信頼や実行力がともなわない。
それが“ゆるブラック企業”的な組織体質だったとも言えるのではないでしょうか。
けれども、このような不安定な時代の中で、地方の武士たちは自ら動き出す力を育てていきます。こうして「下剋上」が進み、やがて戦国時代が幕を開けていくのです。
将軍が将軍でいられなかった時代の意味室町幕府は、将軍という制度がありながら、将軍がリーダーシップを発揮できない時代でした。けれどもその矛盾と混乱のなかから、「リーダーとは何か」「名目と実態はどうあるべきか」という問いが浮かび上がります。
