その数10人超!戦国時代「三方ヶ原の戦い」で討ち死にした徳川軍の武将たちそれぞれの最期を紹介 (5/5ページ)

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田中義綱(たなか-よしつな)

岡田元保(おかだ-もとやす)

加藤景継(かとう-かげつぐ)

外山正成(とやま-まさなり)

大河内善兵衛(おおこうち-ぜんべえ)

安藤基能(あんどう-もとよし)

また、三方ヶ原の戦いの前哨戦に当たる二俣城の戦いで敗北を招いた中根正照青木貞治は、敗北の恥を雪ごうとして奮戦した後、討ち死にしています。特に正照は二俣城の城主を命じられていたので、敗北の責任を重く受けていたことが容易に想像できます。

最後に

三河一向一揆と違い、三方ヶ原の戦いでは多くの家臣を失ったことがわかります。敗北した上に夏目広次や本多忠真といった有力な家臣を失った悲しみと悔しさは、相当なものだったと思います。

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