その数10人超!戦国時代「三方ヶ原の戦い」で討ち死にした徳川軍の武将たちそれぞれの最期を紹介 (1/5ページ)
1573年1月25日(元亀3年12月22日)に、静岡県浜松市・三方ヶ原台地で武田信玄と徳川家康の間で行われた合戦「三方ヶ原の戦い」。
戦いの結果は徳川軍の大敗北。歴史ファンにとっては有名な戦いですが、同時に謎も多い戦場です。
家康の無謀な挑戦と信玄の巧妙な戦略!戦国ファンには有名で同時に謎も多い「三方ヶ原の戦い」とは?この戦で徳川軍は多くの家臣を失ってしまいますが、一体誰が戦死したのでしょうか。そこで今回は、「三方ヶ原の戦い」で命を懸けて家康を守った忠臣たちの最期を紹介します。
家康の影武者となった夏目広次
兜を脱ぎ捨てながらも、身を挺して家康を守る夏目広次/Wikipediaより
夏目広次は徳川氏の譜代家臣・夏目氏の出身で、三河一向一揆では家康と敵対しました。『どうする家康』では甲本雅裕さんが演じ、何度も名前を間違えられるシーンが印象的ですね。
そんな広次は、三方ヶ原の戦いでは浜松城を守っていました。櫓から徳川軍の状況を知ると、家康に撤退を持ちかけます。
