兵器が硬貨に。実はさまざまな課題が山積していた戦後日本の貨幣製造の変遷をたどる! (3/4ページ)

Japaaan

黄銅製50銭硬貨(Wikipediaより)

かつての兵器が溶かされ、平和をめざす新日本の復興を象徴している貨幣へと変わっていったわけですね。よく考えてみるとなかなか象徴的です。

インフレには勝てず

ところが、この50銭硬貨が長く使われることはありませんでした。戦後の激しいインフレーションにより貨幣価値が下落すると、直径23.5mm・重さ4.5gもある黄銅製硬貨の流通を維持することができなくなったからです。

貨幣の実質的価値よりも地金としての価値が上回ると、流通せずに鋳つぶされてしまう可能性が出てきます。

そのため、1947(昭和22)年には、小型の黄銅製50硬貨を新たに発行しましたが、インフレーションはさらに進行。

ついに「銭」の単位の貨幣を発行することが困難となり、翌年には穴なしの黄銅製5円硬貨が発行されました。

その表面には国会議事堂が、裏面には鳩と梅花が描かれています。国会議事堂が建てられたのは1936(昭和11)年ですが、この場合の国会議事堂は議会制民主主義、鳩は平和の象徴でしょう。これもいかにも新生日本にふさわしいデザインとなっています。

しかし、おさまることのないインフレーションにより、この穴なしの黄銅製5円硬貨も短命に終わり、現在の黄銅製5円硬貨に移行しました。現代の私たちにとっておなじみの「5円玉」は、実は戦後のインフレの賜物だったのです。

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