【べらぼう】なんと実在の人物だった半次郎(六平直政)!”つるべ蕎麦”は吉原名物として有名だった (2/5ページ)

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釣瓶(つるべ)蕎麦の歴史

吉原名物・釣瓶蕎麦(イメージ)

劇中で半次郎が営んでいる釣瓶蕎麦は、彼が初代ではありません。

釣瓶蕎麦を開業したのは若松屋幸助(わかまつや こうすけ)。彼が出前の器に釣瓶を用いたことから、釣瓶蕎麦と呼ばれるようになりました。

そんな釣瓶蕎麦を明和4年(1767年)ごろに増田屋次郎介(じろすけ)が継ぎ、やがて半次郎が継いだのです。

明和7年(1770年)に出版された洒落本『遊子方言(ゆうしほうげん。作:田舎老人多田爺)』にも釣瓶蕎麦が登場しています。

また明和9年(1772年)には吉原遊廓の伏見町にも増田屋清吉(せいきち)という者が釣瓶蕎麦を営んでいました。この清吉は半次郎の一族なのか、それとも暖簾分けしてもらったのでしょうか。

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