神奈川県に護国神社を!創建前に横浜大空襲で焼失…幻の「神奈川県護国神社」とは? (2/5ページ)

Japaaan

ただし神奈川県としては横浜に護国神社を創建する方針を崩さず、11月には護国神社の創建予算が成立し、翌12月には県議会で承認されました。

また11月28日には神奈川県護国神社創建会が設立され、用地選定や買収などを主導していくことになります。

神奈川県護国神社の予定地としては横浜市内の岸根(港北区)・下永谷(港南区)・野毛山(西区)・保土ヶ谷(保土ヶ谷区)・三ツ沢(神奈川区)がノミネートされ、昭和15年(1940年)に三ツ沢が選ばれたのでした。

県民一丸となって創建に邁進するが……。

昭和20年(1945年)5月29日の横浜大空襲で、創建直前の神奈川県護国神社が焼失(イメージ)

そこから用地買収に約1年の月日を要し、昭和16年(1941年)9月に用地買収を完了。同年11月から整地作業が開始されます。

整地作業には41,000人の県民ボランティアなどが多数参加。当時の神奈川新聞には、県知事と横浜市長が一緒にモッコ(網に土を入れて駕籠のように運ぶ道具)を担ぐ姿が掲載されるなど、まさに全県一丸となって護国神社の創建に汗水を流しました。

しかし昭和16年(1941年)12月8日に大日本帝国が米英等連合国に対して宣戦布告。大東亜戦争(太平洋戦争)が開戦します。

これによって資材が高騰し、調達困難となったことから整地作業は延びてしまい、完了したのは昭和18年(1943年)3月でした。

その間、昭和17年(1942年)7月に内務省より神奈川県護国神社の創建が正式に許可され、12月には社殿等の造営が整地と同時進行で起工されていたのです。

昭和18年(1943)11月には社殿の上棟式が行われ、だんだん神社らしい形になってきました。しかしやはり資材面のハードルが高く、一向に造営工事は進みません。

「神奈川県に護国神社を!創建前に横浜大空襲で焼失…幻の「神奈川県護国神社」とは?」のページです。デイリーニュースオンラインは、護国神社神奈川県護国神社大東亜戦争靖国神社神奈川県カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る