神奈川県に護国神社を!創建前に横浜大空襲で焼失…幻の「神奈川県護国神社」とは? (3/5ページ)
昭和19年(1944年)9月の完成予定日になってもまだ完成せず、県民の皆さんはまだかまだかと心待ちにしていたことでしょう。
年が明けて昭和20年(1945年)1月時点では、既に本殿・拝殿・参道などが完成し、後は鳥居を建てて境内に植樹するだけ……という状態になりました。
もうほぼ護国神社が創建されたようなものですが、最後の最後まで資材の調達に手間取ってしまいます。
そして5月29日に横浜大空襲(米軍による無差別爆撃)が行われ、創建目前の神奈川県護国神社は焼失。県民みんなの思いが灰燼に帰してしまったのでした。
護国神社の跡地は公園に
戦災で焼失してしまった護国神社は神奈川県以外にもあるのですが、そちらの護国神社は既に護国神社として認められていた(英霊が祀られていた)ため、戦災神社として再建費用が全額補助されたのです。
一方で神奈川県護国神社については、まだ正式に英霊が祀られていなかったため、戦災神社として認められませんでした。
十分な補償が得られなかったことで、神奈川県は護国神社の創建(工事再開)を断念。昭和22年(1947年)6月に神奈川県護国神社の創建予定地を横浜市へ払い下げます。
払い下げられた予定地は昭和24年(1949年)に三ツ沢公園となり、昭和27年(1952年)6月には戦没者慰霊塔の建設を決定。同年10月に着工し、昭和28年(1953年)3月に横浜市戦没者慰霊塔が竣工しました。