江戸時代の「大奥」は権力の中枢。日本史に埋もれた女性たちの政治力を解剖【ジェンダー史学】 (4/4ページ)

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篤姫(天璋院)像

鳥羽伏見の戦いの後、徳川慶喜が蟄居したのはご存じの通りです。これを受けて、天璋院と和宮は「当主不在」という危機に直面しました。

そんな中で、二人は慶喜の赦免や徳川家の存続に尽力し成功したわけですが、和宮は徳川家当主としての責任感を滲ませた日記を残しています。

中世にも当主代わりとなった北条政子や、今川義元の母である寿桂尼らの例がありますが、政務代行者としての「当主の元夫人」の権威は幕末まで健在だったのです。

【後編】では、こうした女性たちが明治時代以降に歴史の表舞台から消えていった経緯や、ジェンダー史学を学ぶ上で避けて通れない性売買の話にスポットを当てていきます。

参考資料:中央公論新社『歴史と人物20-再発見!日本史最新研究が明かす「意外な真実」』宝島社(2024/10/7)
画像:photoAC,Wikipedia

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