大河「べらぼう」蔦重と誰袖それぞれの“夢” 〜灰降る日本橋で生まれた奇跡の名シーンを考察【前編】 (3/7ページ)
今までは、「吉原者が」と馬鹿にしていたものの、青本の番付で耕書堂の本が一番になったときに、初めて「自分と肩を並べるくらいまで来た」と脅威に感じたのでしょう。
以前、挨拶に訪れた蔦重に対し「蔦屋さんの作る本など何一つ欲しくはない」と、口元に笑みを浮かべて言った鶴屋。けれど、腹の底は煮えくり返っていたはずです。蔦重が帰ったあとに、思わず舌打ちをしていた姿に悔しさが溢れていました。
蔦重に息づいている「遊びじゃないから遊びにする」精神
今回、浅間山の大噴火により灰に覆われてしまった日本橋。蔦重はすぐに駆けつけて屋根に登り、瓦の間から灰が侵入しないよう着物(吉原の遊女たちからかき集めたのでしょうか)を敷き詰める作業を開始。さらに灰を川に捨てるという作業を、お金をかけてゲームにして街中のみんなを元気づけて盛り上げました。
「くだんねえ、遊びじゃねえんだよ」と怒られるも、「遊びじゃねえから遊びにすんじゃねえですか!」と力強く言い返す蔦重。この言葉は「べらぼう」のドラマ第一回から蔦重のテーマでしたね。
大好きな姉さん遊女・朝顔(愛希れいか)が亡くなったとき、幼馴染の瀬川(小芝風花)と、朝顔のポリシーである「どうせなら思い切り楽しい理由を探してみる」を大切にしていこう!という誓い合っていましたね。それが、しっかりと蔦重の心の中に息づいていると感じる場面でした。