幕末「安政の大獄」で尊王攘夷を貫き粛清された志士たちの過酷すぎる末路【前編】 (2/4ページ)

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幕府が朝廷の許可を得ずに日米修好通商条約に調印したことや、将軍後継ぎを一橋慶喜(ひとつばしよしのぶ)ではなく徳川家茂(とくがわいえもち)にしたことなど、井伊直弼が中心となり行ったことに反対するものたちが続出。井伊直弼のやり方に反対する者たちを弾圧していった政策こそが安政の大獄です。

弾圧の対象となったのは、尊王攘夷論者や一橋派の者たちでした。特に、尊王攘夷の先駆けとなった梅田雲浜(うめだうんぴん)や橋本左内(はしもとさない)、吉田松陰(よしだしょういん)など、影響力の強い者や将軍後継問題に関与した者が捕縛されました。

安政の大獄で粛清された被害者

安政の大獄での処罰の対象者は、100人以上。その中には、処刑されたり獄死したりした人もいます。ここでは、処刑や獄死などで粛清された人物について紹介します。

梅田雲浜

梅田雲浜は、小浜(おばま)藩士(現在の福井県)で幕末の儒学者の一人です。

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