「べらぼう」誰袖の叫びに重なる視聴者の怒りと涙。ついに意次・誰袖・蔦重の「敵討ち」が始まる【後編】 (2/7ページ)
「かように卑劣な手で奪い取れるものなど何一つない」徳川家治(眞島秀和)のいう通り。卑怯な方法は、逆に戦いの炎を燃え上がらせたのです。
「息子が生きて成就すべくことをなすべくして仇を取る」と決意した意次。そして、誰袖、蔦重、それぞれの敵討ちはどのようになっていくのでしょうか。
【前編】の記事はこちら↓
『べらぼう』幻の英雄・佐野政言が歪めた真実。ついに意次・誰袖・蔦重の「敵討ち」が始まる【前編】 一度は後を追って自死しようとした誰袖やっと想いが通じあった意知と、二人で桜の花見をする直前に、愛する人が斬り殺されるという、天国から地獄に突き落とされた誰袖(福原遥)。あまりにも幸せそうだっただけに、魂の抜けたような表情で、暴徒と化した街の人々の投石から意知の棺を守ろうとする姿は痛ましかったですね。
怒り、絶望、悲しみさまざまな感情で押しつぶされそうな誰袖の「仇を…仇を討っておくんなんし!」と振り絞るような声で吐き出した言葉は、そのまま視聴者の声でもあったでしょう。
あまりにもやりきれない思いを抱えた誰袖は、意知の後を追い、白装束を見に纏い喉をついて自害しようとするものの、果たせませんでした。
この場面に対しては「いざとなったら潔く死を選ぶ武家の娘ではないから、一気に喉をつくことができなかった」という見方もあるようです。
けれども、「潔く“死”を選ぶことが武士」という描き方をしないのが、森下脚本のいいところというか、リアリティを感じます。
