【べらぼう】で言及された芝全交(亀田佳明)の黄表紙『大悲千禄本』とはどんな物語なのか? (4/6ページ)
「これじゃ格好がつかないから、詠み人知らずとしておこう」
手のない遊女は手を使ってうまく接客していたものの、ちょっと貸しだったので時間切れに。
「お手が鳴るならお銚子、お手がないからお笑止と笑っておくんなんし」
字の書けない男は字が書けるようになりましたが、なにぶん仏様だから梵字しか書けません。
「何だこの手は、役に立たんな。そのまま返すのも癪だから、爪に火を灯してロウソク代わりにしてやろう」
「あちっ!あちっ!」
「ロウソクのくせに、やかましいな」
……とまぁそんな具合で、みんなやりたい放題の好き勝手に活用?したようです。
第四章「貸した手を回収すると……」
手をすべて貸し出してしまい、手が残っていない千手観音の元へ坂上田村麻呂(さかのうえの たむらまろ)がやってきました。
「鈴鹿山の鬼退治に、千手観音様のお手を拝借したい」
ひとたび放てば千の矢先……を飛ばすお決まりの名場面を演出するためには、どうしても千本の手がなくてはなりません。
※一筋の矢を放つには一対の手で弓を扱わねばならないはずですが、そんな野暮はご無用に願います。