裏切りの果てに…「関ヶ原の戦い」で寝返った戦国武将たちのその後【西軍編】 (7/7ページ)
毛利秀元/Wikipediaより
広家も14万石あった領地が3万石に減封。それに加えて、毛利家からは冷遇されることになります。また、一連の行動の事実を知った秀元は、広家に大激怒。以後広家と秀元は子々孫々まで確執が残りました。
最後に6人の関ヶ原の戦い後を振り返ってみると、秀秋は加増、広家は減封、安治と元綱は所領安堵、直保と祐忠は改易とそれぞれ違う処分を受けています。
事前に意思をはっきりさせるかさせないかで処分が決まったわけですが、裏切りには代償が伴うように、後年の評価や失敗すれば死に繋がるリスクが大きいことが考えられます。
いつの時代も裏切りには厳しい目が向けられるので、裏切りはしないようにしたいですね。
参考:渡邊大門 『関ヶ原合戦は「作り話」だったのか – 一次史料が語る天下分け目の真実』PHP研究所
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