【べらぼう】人々の怒りが頂点に…田沼意次を失脚に追い詰めた「新之助の義」天明の打ちこわしとは? (2/7ページ)

Japaaan

幕府もお救い米など実施するも、小規模かつ限定的なもので、まさに焼け石に水でした。

また5月9日には3度目となる米穀売買勝手令を出すも、投機目的の商人たちが米を買いあさっては溜め込む始末。生活苦に耐えかねた人々は5月10日ごろから町奉行所へ押しかけ、連日にわたり救済を求めます。しかし北町奉行の曲淵景漸(まがりぶち かげつぐ)などは対策をとらず「自分たちで何とか食いつなげ」と追い返すばかりです。

なおも食い下がった人々に対して、町奉行所は大豆を安く売るようにお触れを出しました。まるで「貧乏人は豆でも食ってろ」と言わんばかりに。

しかし肝心の米価については特段の対策をとらず、不当に米価を吊り上げている米屋に対する捜査なども、おざなりにしか行いません。

町奉行所による救済は江戸の人々にとって、最後の頼み。餓死者が相次ぎ、もはやこれまでとばかり、両国橋や永代橋から投身自殺する人まで現れました。

当局が橋の監視を強化すれば、場所を変えて身投げするだけのこと。しまいには渡し船さえ禁止したものの、とても防ぎ切れたものではありません。

こうした社会不安の中で、様々なデマも飛び交いました。

「お奉行様は『食い物がなければ犬や猫でも食ってろ』と暴言を吐いた」

「豆ばかり食い続けると、疫病や脚気にかかって死んでしまう」

「何なら幕府の連中は、江戸の人口を減らしたいんじゃないのか……」

ついに人々の怒りは頂点に達します。かくして5月20日の夕刻から夜にかけて、江戸じゅうを荒れ狂わせる天明の打ちこわしが幕を開けたのでした。

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