【べらぼう】喜多川歌麿(染谷将太)の生涯——浮世絵の権威から蔦重との別れ、画力・心身ともに衰弱へ… (4/9ページ)

Japaaan

当代一の浮世絵師へ

喜多川歌麿「婦人相学十躰」より、浮気之相(浮気しやすい女性の人相とのこと)

また蔦重と共に大首絵を出版。それまで全身画がメインであったのに対して、バストアップ&背景の省略(白雲母加工)によって人物の微妙な表情や仕草を巧みに描き出し、見る者の感情を呼び起こしたのです。

寛政2〜3年(1790〜1791年)の「婦女人相十品(ふじょにんそうじっぽん)」「婦人相学十躰(ふじんそうがくじったい)」はじめ、生気あふれる官能美で人々を魅了しました。

歌麿の画風は筆致だけでなく無線摺(むせんずり。無線空摺)・朱線・ごま摺りなどの版画技法によっても引き立てられ、女性の肌理や衣服の質感などに個性を発揮しています。

例えば「娘日時計(むすめひどけい)」では、それまで常識だった太い輪郭線ではなく、背景の色によって柔らかな肌を表現する技法が使われました。

こうした技量と工夫により、歌麿は当代一の浮世絵師として地位を確立していったのです。

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