呪詛など効かぬ!占いを嘲笑い合理で勝つ――戦国最初の合理主義者・朝倉孝景の智将ぶりが凄まじい (3/4ページ)
「合戦で方角や吉日を選ぶ者は愚かなり」
つまり、占いに頼らず、状況を冷静に見て判断せよ、という教えです。さらに、「無能な者を重職につけてはならぬ」とも述べ、実力主義の政治を理想としました。この思想こそ、彼が“戦国時代の合理主義者”と呼ばれる理由でしょう。
理性的で冷徹な印象のある孝景ですが、実際は情に厚い人でもありました。戦では兵と同じ食事をとり、負傷者を見舞い、戦死者の死を悼んだと伝えられます。兵たちは彼を「殿ではなく仲間」として慕い、朝倉軍は強固な結束を誇りました。
知略と人情を兼ね備えたリーダー――まさに、戦国の理想像といえるでしょう。
朝倉孝景は1481年、54歳でこの世を去ります。しかし、彼の遺した合理と文化の精神は、後の孫・朝倉義景の代へと受け継がれ、一乗谷の黄金期を築きました。
呪いを恐れず、占いを信じず、常に現実を見据えた彼の姿勢は、いまの時代にも通じます。
「信じるのは己の判断力」――
戦国の混乱を理性で切り抜けたこの男こそ、時代を先取りした本物の知将だったのです。