古代の天皇陵、実はほとんどが別人の墓!それでも宮内庁が頑なに学術調査を拒む理由【後編】 (2/5ページ)

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しかし、宮内庁が公式に治定する古墳とは別に、天皇の真陵である可能性が高いと確実視されている古墳が存在することもまた事実である。

そのような古墳は、古墳時代の天皇では、26代継体の今城塚古墳(大阪府高槻市)、29代欽明の見瀬丸山古墳(奈良県橿原市)、32代崇峻の赤坂天王山古墳(奈良県桜井市)。そして、飛鳥時代の天皇では、37代斉明(35代皇極が重祚)の牽牛子塚古墳(奈良県明日香村)、42代文武の中尾山古墳(奈良県明日香村)が挙げられる。

斉明天皇の真陵として確実視される牽牛子塚古墳(撮影:高野晃彰)

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この5つの古墳は、考古学的および文献学的見地から、それぞれの天皇の真陵として確実な古墳とされる。しかし、宮内庁はこのような学術的見地を無視し、江戸時代に比定された古墳を頑なに治定し続けているのだ。

江戸時代に新造した古墳も天皇陵に治定

真陵ではない古墳が天皇陵として治定されていること以上に衝撃的なのは、江戸時代に新たに築造された古墳までもが、宮内庁によって天皇陵と指定されている点である。

その一例が、21代雄略の御陵である。

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