古代の天皇陵、実はほとんどが別人の墓!それでも宮内庁が頑なに学術調査を拒む理由【後編】 (3/5ページ)
宮内庁はその陵墓として、大阪府羽曳野市にある丹比高鷲原陵を治定している。しかし、この古墳は幕末期に、隣接する円墳である高鷲丸山古墳と、方墳である平塚古墳を人工的に連結し、前方後円墳の形へと改変したものである。
人工的に前方後円墳に改築された丹比高鷲原陵(Wikipedia)
そのため、これが雄略の真陵である可能性は極めて低く、誰が見ても本来の陵墓とは言い難いのである。
また現在では実在性がほぼ否定されている、初代神武から9代開化までの陵墓もその多くが江戸時代に築かれたものだ。このような古墳の正体は、自然の丘であったり、別人の古墳を意図的に改造したものなのである。
宮内庁が陵墓の学術調査を拒否する理由古墳には、古代史の謎を解き明かす鍵が秘められている。発掘などの学術調査を行い、その実態を解明することで、新たな発見がもたらされる可能性が大きい。
しかし、そこに宮内庁という壁が立ちはだかる。