『べらぼう』実は写楽は外国人!?謎の浮世絵師・東洲斎写楽はオランダ人「シャラック」だった説 (3/9ページ)
また、興味深いのは、写楽は自分が抱える精神状態の問題を治癒するために、“絵”を描く「自己絵画療法」を行っていたという説も。その悩みは「性的なもの」に関係していたので春画は描かなかったのでは、という話です。
さらに、女性だったので“春画は描きたくなかった”説も。実は、写楽は歌麿の妻(歌麿自身とも)といわれる弟子「喜多川千代女」だったという説もあるようです。
版元は蔦重だけ!新人なのに豪華なデビュー作の謎
写楽は、寛政6年(1794)5月に突然、彗星の如く登場します。蔦屋重三郎の元で、歌舞伎役者の上半身を描いた「大首絵」を一挙に28図も出版しました。
歌麿の繊細で儚げな美人の大首絵とは違い、写楽の役者大首絵は、迫力がありかなり特徴的です。しかも、人物の背景に「黒雲母」(墨に雲母(きら)と膠(にかわ)を混ぜた光沢のある絵の具)を用いて、人物を際立たせるという贅沢な仕上げでした。
蔦重は、従来にはない写楽の画風を見たときに、「これは売れるぞ!」とかなり期待して制作に力を入れたのでしょうか。