『べらぼう』“見たい…” ていの腐女子な本音に心揺らいだ歌麿を考察——プロジェクト写楽、始動【後編】 (7/9ページ)
「さすがBL好きの腐女子」「究極の腐女子」「おていさん、それを現代では腐女子というのよ」と、SNSでは“ていさんは、実は腐女子のはしり説”が盛り上がっていました。現代要素を盛り込む森下脚本なので、わざとこういうセリフを入れてきたような気がします。
ていが、身を削って夫にひたすら黙々と尽くすタイプの一般的な良妻だったら、ここまで“ていさんファン”は盛り上がらなかったでしょう。
博識ながら超堅物で融通が効かない女性かと思えば、夫の減刑の嘆願に乗り込んだり、奉行所で沙汰を下されたくせに減らず口が止まない夫をぶん殴ってこれ以上状況が悪くならないようピンチを凌いだりする度胸の持ち主。
意外と、「外国に売り出す」話に野望を抱いていたり、次郎兵衛兄さん(中村 蒼)が「俺の顔相は天下取りの相だといわれた」と与太話に「なんと!」と真面目に信じたりする面白い面はちょいちょいありましたが。
「夫のために頭を下げる、尽くす妻に憐れみをください」ではなく、私が「見たい……」と伝えるところは、もはや「蔦重の妻として」が二の次になっているのがいい。
「本屋の私が見たい」と主張し、「男二人の業と情、因果の果てに生み出される絵」と露骨なまでにBLファンテイトで、歌麿のやってみたい欲を炙り出す言葉。ここまで言われたら絵師としても本望ではないでしょうか。
ドラマの前半では、蔦重に腹をくくって仇討ちに参加することを勧め、「ふんどしからお金をたっぷりふんだくって、贅沢でふざけた騒ぎを」と煽ります。そして「これが春町先生の供養に」と思慮深い言葉でしめくくり、蔦重の心を決めさせました。そして後編では、袂をわかった“弟”歌麿の気持ちを変えて戻る決心をさせました。
森下脚本、ていの名台詞の数々、橋本愛さんの演技力、すべてが相まった見事な流れでした。