2026年大河『豊臣兄弟!』で注目の舞台──「本能寺の変」豊臣秀吉・秀長が天下に羽ばたくきっかけに【前編】 (5/6ページ)

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利宗の話によれば、武田家家臣の穴山梅雪が家康を通じて信長に降伏したことで、「梅雪の口から光秀の武田方への内通が露見するのを恐れ、光秀は取り急ぎ謀反を起こした」と述べたとされています。

このほか、豊臣秀吉、徳川家康、足利義昭、朝廷などが信長排除に動いた黒幕説、天下統一の後に唐入りをほのめかす信長に対する嫌悪説など、さまざまな説が唱えられています。

ただし、本能寺の変は「戦国最大のミステリー」とも称される大事件であり、その真相を究明するのは、今後決定的な史料が発見されない限り、極めて困難だと言えるでしょう。

老の坂・沓掛を超え京都になだれ込んだ明智軍

5月27日、光秀は崇敬していた京都・愛宕神社に参籠しました。ここで、同神社の祭神であり本尊でもある勝軍地蔵菩薩に戦勝祈願を行っています。

これが中国地方での対毛利戦を念頭に置いたものなのか、あるいは信長打倒を秘めた祈願であったのか、その真意は光秀の胸中にのみ秘められていたのです。

愛宕神社での連歌の会。(Wikipedia)

6月1日、光秀は1万3千の軍勢を率いて亀山城を出陣し、山陰道を東進しました。途中、かつて足利尊氏が旗揚げをした篠山八幡宮を過ぎ、老の坂峠を越えると、山陰道と山陽道の分岐点である沓掛に至ります。

ここを直進すれば京都方面へ、右に進めば兵庫を経て中国地方に出ます。本来であれば、明智軍は右へ進み羽柴軍と合流するはずでした。

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