『べらぼう』総集編、1年間の“夢噺”をありがた山!高い志と行動力で出版界の風雲児へ【蔦屋重三郎・前編】 (4/8ページ)
「吉原をもっといいところに」志の高さと行動力
明和9年(1772)の明和の大火。半鐘を鳴らし続ける蔦重の姿から「べらぼう」は始まりました。
若い頃で印象に残ったのは……「お姫様方、貸本屋の蔦重がまいりましたでございますよ!」という妓楼に訪れる時の挨拶。立派な妓楼でも最下層の浄念河岸見世の二文字屋でも、店に入るときは明るく元気に “お姫様方!”というのが好きでした。
岡場所が増え吉原の客が減り、女郎が飯を食えず死んでいく。そんな窮状を見かねた蔦重は、妓楼主たちに抗議しますが、けんもほろろでした。平賀源内に相談すると「田沼様(渡辺謙)は話を聞いてくれる」とアドバイスされます。
「それで本当に会いに行ってしまうのが蔦重のすごいところでした」と、飯盛のナレーションが入りました。“実際に行動に移す”は、最後まで貫いた彼の流儀でした。
さらに、意次に岡場所への警動(の手入れ)を願い出るも断られ「お前は吉原に人を呼ぶための工夫が足りていないのでは?」と言われたことが出版ビジネスのきっかけとなりました。
苦言に凹むのではなく「まこと、ありがた山の寒ガラスにございます!」。とポジティブな発想転換に繋げるところもすごい。