『豊臣兄弟!』の聖地巡礼 ── 豊臣秀吉・秀長、天下統一へ「山崎の合戦」の舞台を訪ねる【後編】 (4/9ページ)

Japaaan

天王山に築かれた山崎城跡(Wikipedia)

山崎城の城下町である山崎は、京都への入り口であるとともに、淀川・宇治川・木津川という三川の合流点に位置し、水運の便に恵まれた土地でした。また、荏胡麻の販売権を独占した自治都市でもあり、防衛のため町全体を堅固な門や防塁で囲んでいたといいます。

秀吉は、堺と並んで繁栄した経済都市としての側面と、京都と大坂の双方を睨むことのできる地勢を併せ持つこの山崎から天下統一への第一歩を踏み出した、そのように捉えることもできるでしょう。

山崎の合戦において光秀本陣が置かれた勝龍寺城

山崎から北東に約2キロメートルの場所に、勝龍寺城があります。この城は、光秀と深い関係を持った細川藤孝の居城でしたが、「山崎の合戦」の際には光秀が本陣を構えた城としても知られています。

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