『豊臣兄弟!』史実とドラマから戦国最強の肝っ玉母ちゃん・なか(坂井真紀)の人物像と生涯を考察 (2/8ページ)
ドラマでは、とにかく明るく悲観的にならなず、豪快で、必要とあらばとぼけた嘘もつく、 “肝っ玉かあさん”として、描かれています。史実に残るなかの姿をたどってみると、そのキャラクター設定は決して面白くする「ドラマの中だけ」のものとは思えません。
農民の身分から天下人の母へ……。
“女性が生きづらかった”といわれる激動の戦国時代を生き抜き、天下人の息子を支え続けたなかは、まさに「肝っ玉かあさん」「戦国のゴッドマザー」と呼ぶにふさわしい存在だったようです。
一般的に史実として伝わる母・なかの実像と、大河ドラマが描く個性的なキャラクター像を重ね合わせながら人物像を想像してみました。
頼もしき母・なか(大政所)は何者だったのか?
史実では、出世前の豊臣秀吉ついては様々な逸話があり、明確になっていない部分も多いようです。富農や土豪の子という説もありますが、若い頃は極貧で薪を売って生計を立てていたという説も多いようです。
そして、秀吉は奇抜な行動や発言が目立ち、ドラマのようなお調子者で、周囲からは“浮いた存在だった”という話もあります。