『豊臣兄弟!』史実とドラマから戦国最強の肝っ玉母ちゃん・なか(坂井真紀)の人物像と生涯を考察 (5/8ページ)

Japaaan

弱い立場に置かれた戦国女性にとって、嘘、冗談、強がり、状況に応じて利かせる機転などは、身を守って生き抜くための武器だったはず。

“坂井真紀さん版なか”は、史料に残らない感情や振る舞いを想像してみると、「もしかしたら、本当にこんなかあちゃんだったかもしれない!」というリアリティを持たせた人物像だと感じました。

母のなか。NHK大河『豊臣兄弟』公式サイトより

「天下人の母」として秀吉の出世人生に関わる

ドラマの2話では、母と姉妹が「たっしゃでな〜!」と叫びつつ鳴らす「願いの鐘」の音に見送られて、兄弟と、初恋の幼馴染・(白石聖)たちは、元気一杯に村を飛び出していきます。

これから兄弟はドラマティックな出世街道を歩んでいきますが、その過程を見守っていたなかの人生も激変します。

史実では、頭角を表した秀吉は、浅井長政攻めの功績で旧領地を拝領、長浜城を築城し、母と姉妹を呼び寄せ一緒に暮らすようになります。

その後、秀吉と徳川家康の対立が激化すると、和睦の一環として秀吉は、妹・あさひ(旭姫)を離婚させ家康の正室として嫁がせ、母・なかを人質として送り込みます。

大切な母を人質に出すことは、秀吉にとっても苦渋の選択だったかもしれません。なかは出世する息子たちを見守るうち、徐々に肝が据わっていったのでしょうか。

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