日本酒の始まり、実は「米」じゃない――古代の日本人が愛した“縄文ワイン”を示す証拠 (1/5ページ)
日本のお酒の始まりは、意外にも「米」ではありませんでした。
約5000年前の縄文時代中期、森の果実を発酵させた“果実酒”が、最初の主役だった可能性があります。
その手がかりが、青森県の「三内丸山遺跡」です。果実の種子が大量に出土し、潰して絞ったような“搾りかす”とみられる塊も見つかりました。さらに発酵した果物に集まるショウジョウバエのサナギが密集しており、そこに甘い香りの「縄文ワイン」が蓄えられていた情景まで想像されます。
本稿では、この縄文の果実酒から、穴あき土器の謎、弥生の口噛み酒、そして麹の導入による“日本酒の完成”までを、遺跡と土器の痕跡から順にたどります。
三内丸山遺跡が明かす「縄文の果実酒」の痕跡
縄文人が定住生活を送り、自然のサイクルを熟知していたことを示す決定的な証拠が、青森県の三内丸山(さんないまるやま)遺跡から見つかっています。
遺跡内の水分を豊富に含んだ「低湿地」からは、エゾニワトコ、クワ、キイチゴ、サルナシといった果実の種子が驚くほど大量に出土しました。 ここは当時の「ゴミ捨て場」のような場所でしたが、酸素が遮断された泥の中に埋まったことで、数千年もの時を超えて奇跡的に腐らずに残っていたのです。