日本酒の始まり、実は「米」じゃない――古代の日本人が愛した“縄文ワイン”を示す証拠 (3/5ページ)
有孔鍔付土器 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
この土器の最大の特徴は、口のまわりに並んだ小さな穴です。内部からヤマブドウの種が見つかる例もあり、この穴は、発酵中に発生するガスを逃がすための仕組みだったのではないかと考えられています。
また、こうした土器の中には、立体的な「人の顔」や「蛇」が装飾されたものも見つかっています。装飾のないシンプルなタイプも存在しますが、装飾があるものは果汁がお酒へと変化する不思議なプロセスへの、人々の畏敬や祈りを表現したものなのかもしれません。
また面白いことに、この土器は口の部分に動物の皮を張り、祭りの場でお酒と共に打ち鳴らした「太鼓(楽器)」であったとする説もあり、その用途は今も謎に包まれています。
稲作がもたらした「お米の酒」への転換時は流れ稲作が日本に定着すると、お酒の主役は果実から「お米」へとシフトします。ここから現代の日本酒へと続く新たな歴史が始まります。
当時はまだ高度な発酵技術はありませんでしたが、人々は自らの身体を使ってお米を糖化させる方法を見出していました。加熱した米を口で噛み、唾液の酵素を利用して発酵させる「口噛み酒(くちかみざけ)」という手法です。
このお米から造られるお酒は、果実酒以上に手間と時間を要する貴重なものでした。それゆえに、集落の豊作を願う場や、人々が絆を深める特別な場面で酌み交わされる、「ハレの日の特別な一杯」としての存在感を強めていったのかもしれません。