【衆院選】違和感に気づいても、なぜ人は流される?150年前に福澤諭吉が警告した“世論の危うさ” (6/7ページ)

Japaaan

」それでも、「変えることへの不安」や「皆と同じでいる安心感」が勝ったとき、人々は結局、現状を追認してしまいます。福澤は、こうした心理こそが民意の未成熟さであり、民主政治における最大の危険だと考えていました。

福澤諭吉。明治24年頃の肖像(Wikipedia)

現代の日本でも、多くの有権者は物価の上昇や生活の苦しさ、政治への不信感に強い問題意識を持っています。

それにもかかわらず、行動としては大きな変化を起こさない……。この矛盾こそが、福澤の警告が今なお通用していることを示しているように思えます。

世論としては不満が噴き出す。しかし最終的な選択は、慣習や空気に支配される。それは、表面上は民主的でありながら、理性よりも感情が政治を動かしている状態にほかなりません。

福澤諭吉が本当に恐れていたのは、「自分で考えているつもりで、実は流されていく民衆の姿」でした。そして結果として、それが権力者の独裁に繋がっていくのです。

「世論が成熟しないまま影響力だけを強めれば、政治は改革されるどころか、同じ問題を繰り返し続ける。

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