縄文人、すでに「35cm定規」持っていた!実は“共通の単位”で巨大建築を設計した縄文時代 (2/4ページ)

Japaaan

三内丸山遺跡「復元した大型掘立柱建物」のんてり撮影

直径1メートルもの巨大な栗の柱が、正確に「4.2メートル」間隔で並ぶ大型掘立柱建物。測量機器も設計図もない時代に、なぜこれほど精密な配置が可能だったのでしょうか?
その鍵は彼らの独自の物差し「縄文尺(35cm)」にありました。

設計の秘密:35cm×12=420cm (4.2m)

この35cmという長さには諸説ありますが、縄文人の体の一部、例えば大人の「肘から手首まで」の長さを単位にした可能性があると考えられています。自分の身体を定規にすることで、誰でもどこでも同じ長さを測れるようにしたのです。

このように自分の身体を基準にする測り方は、古代西洋の「キュビット(肘から中指先まで)」が有名ですが、日本でも後に、親指と人差し指を広げた長さを2倍にした「尺」や、親指の幅を基準とする「寸」といった単位が生まれました。

家族で住む小さな家なら多少のズレは問題ありませんが、ムラ全体で建てる共同施設では「共通のルール」が不可欠です。「柱の間隔は縄文尺で12個分だ!」という合言葉があったからこそ、何人もで力を合わせ、寸分狂わぬ建物を完成させることができたのではないでしょうか。

建築だけじゃない。
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